年収の壁対策 社会保険適用促進手当(2)

前回に引き続き、社会保険適用促進手当について解説したいと思います。

社会保険適用促進手当は、健康保険・厚生年金保険料の算定の基礎となる標準報酬月額から除くことができるものですが、これは一時的な措置となる見込みです。

対象の労働者に対して最大2年間と定められており、令和7年度末までに対象とした場合とされています。

従って令和8年度以降にこの措置を適用して標準報酬月額を抑えることはできませんし、2年を超えてこの手当を標準報酬月額の算定から除くことはできません。

最大2年間の措置となりますので、この手当を2年間で取りやめることも可能と示されています。

その場合は就業規則に「一定期間に限り支給する」旨の規定を設けるようしましょう。

このように不利益変更の問題が生じないように注意が必要です。

年収の壁対策(社会保険適用促進手当①)

年収の壁対策として社会保険適用促進手当が新設されましたが、どのようなものなのでしょうか。

これはそれまで社会保険に加入していなかった労働者が加入することになった場合、新たに発生する社会保険料の額を上限として、健康保険や厚生年金の保険料を求める際の計算から除外できる手当となります。

健康保険・厚生年金の保険料の計算は、一定の範囲の区分ごとに分けられた標準報酬月額という金額に保険料をかけることで求められます。

1ヶ月の給与が83000円~93000円の方は88000円、93000円~101000円の方は98000円などとなります。

88000円という区分が、厚生年金に加入する基準となる等級ですが、この等級で健康保険と厚生年金に加入することになった場合、最低でも10952円の保険料が本人の負担となります。

この新たに発生した本人負担分の保険料を会社が手当として支給した場合、手当分を保険料の計算の基となる標準報酬月額から除くことができるというものが社会保険適用促進手当になります。

これによって手当を支給する→報酬増額→保険料も増額といったケースを防ぐことが社会保険適用促進手当の目的となります。

次回以降、さらに詳しくこの手当について解説したいと思います。

 

年収の壁対策の施策

年収の壁対策の施策が令和5年10月20日より開始されました。

正式名称は「キャリアアップ助成金(社会保険適用時処遇改善コース)」になります。

検討段階で示されていた支給される助成金の額や要件などに変更はありませんでしたが、新たに対象となる労働者の範囲などが示されました。

6か月以上その事業所で継続的に雇用されていることと、2年以内にその事業所で社会保険に加入していなかったことが必要になります。

つまり、入ったばかりの方が社会保険に加入することになった場合は対象外となります。

また、社会保険に加入していたが労働時間を減らして配偶者の扶養になった方が、再度労働時間を長くして社会保険に加入した場合も対象外ということになります。

社会保険に新たに加入した人が誰でも対象となるわけではないので、注意が必要です。

定年後再雇用者の基本給のあり方への影響

 定年再雇用後の再雇用で基本給や賞与が引き下げられたのは不当だとして、名古屋自動車学校(愛知県名古屋市)の元職員の男性2人(A氏、B氏)が差額分の支払いなどを求めた訴訟の上告審判決で、最高裁判所は7月20日、基本給が正社員の60%を下回るのは違法とした名古屋高等裁判所の二審判決について、「基本給と賞与の支払い目的・性質や労使交渉の経緯について検討が不十分である」として破棄し、審理を同高裁に差し戻しました。これは、基本給等の賃金格差をめぐる「同一労働同一賃金」に関する事件です。

事件の概要

 名古屋自動車学校の元職員2人は教習指導員として2013年及び2014年に60歳を迎え、定年後は同社の継続雇用制度に基づき、引き続き教習指導員(嘱託職員)として勤務していました。ただし、再雇用にあたっては主任の役職を退任したこと以外、業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(職務の内容)に定年前との相違はありませんでした。

 定年退職時の基本給は、A氏が月額18万円1640円、B氏が16万7250円でしたが、嘱託職員としての基本給はA氏が8万1738円(定年時の45%以下)、B氏が8万1700円(同48.8%以下)となりました。これは勤続1~5年の若手正職員の基本給(11万~12万円)を下回るものです。

 また、諸手当に関しては、主任以上に就いていた役職手当及び家族手当の支給がなくなり、皆勤手当及び敢闘賞も減額支給となりました。夏季及び年末の2回、正職員の基本給に一定の調整率を乗じ、勤務評定分(10段階)を加算して支給していた賞与についても原則不支給であり、一時金(10万円未満)が支給されるのみでした。

一審・二審の判決は違法

 第一地裁判決(令2.10.28)及び第二審判決(令4.3.25)はいずれも正職員の基本給は「年功的性格」があるという前提の下、嘱託職員となったあとの基本給が正職員の定年時の基本給の60%を下回る範囲となり違法であると判断しました。

 また賞与についても定年退職時の基本給60%に所定の掛け率を乗じて得た額を下回る範囲で旧労働契約法(現パートタイム・有期雇用労働法〈略称〉第8条)にいう「不合理」と認められるものに当たるとして違法と判断しました。諸手当については、家族手当の不支給(待遇差)は違法ではないものの、皆勤手当及び敢闘賞の減額は違法と判断しました。

最高裁の判決

 ところが、最高裁は第一審及び第二審の判決に対して、基本給及び賞与に関して異なる判断をしました。まず、基本給の差については、基本給の性質や支給目的という点に関し、正職員と嘱託職員の間には相違(正職員の基本給には職務旧、職能給の性質があるが、嘱託職員には役職に就くことが想定されないなど異なる性質がある)があると指摘したうえで、労使交渉に関する事情を「その他の事情」として考慮する場合には、労使交渉の結果だけでなくその具体的な経緯も勘案すべきであると指摘し、原審の旧労働契約法第20条の解釈適用には誤りがあると判断しました。賞与についても、基本給と同様、原審が賞与及び嘱託職員一時金の性質及び支給目的を検討していない、労使交渉について結果に着目するだけで具体的な経緯を勘案していないことを理由に、原審の同法第20条の解釈適用には誤りがあると判断しました。

 その結果、第二審の判断は旧労働契約法第20条の解釈を誤った違法があるとして破棄したうえで、本件の審理を高裁に差し戻す判断を下しました。これは同一労働同一賃金のあり方に影響を与える事件であり、差し戻し後の高裁の判決が注目となります。

 

カスハラに組織で対応を

 今年9月の精神障害の労災認定基準の改正で、「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」(いわゆるカスハラ)が具体的出来事に追加されました。

 現状、カスハラについては業態・業種等の違いから明確な定義はありませんが、一般的に消費者や顧客の立場を利用して、企業に対して理不尽な要求や謝罪を強要することをいいます。

 厚生労働省は一つの尺度として、要求内容の妥当性に照らして、手段・態様が社会通念上不相当なもので、労働者の就業環境が害されるものとしています。

 現在、パワハラ、マタハラ、セクハラのように事業主の防止措置義務の対象とはされていないものの、厚労省のパワハラ防止指針のなかで言及され、対応マニュアルが示されています。

 カスハラに対しての一律的な対策はなじまない面もあるでしょうが、企業は安全配慮義務を課せられているわけですから、現場の従業員任せではない、組織的な対応の方策についてしっかり考えていく必要があります。

 

年収の壁対策の手当について

 年収の壁対策の施策についての助成金について説明してきましたが、今回は「社会保険適用促進手当」について説明します。

 これは2年間の上限が設けられていますが、短時間労働者への社会保険の適用にあったり保険料の算定とならない手当を設けることができるという制度になります。

 社会保険の適用となることで健康保険・厚生年金保険の保険料が発生し、手取りが減少することを補うための手当を支給した場合、この手当の分を社会保険料の算定対象外とすることができるというものです。

 例として挙げられているケースでは手当を支給することで保険料が18万となるところ、手当のを保険料の計算に含めないことで保険料を16万円にすることができるとなっています。

 この手当も助成金を受けるための報酬の増額として認められ、会社負担分の保険料も抑えることができます。

 ただし、上限額が設けられているので注意が必要となります。

年収の壁対策の施策

 年収の壁対策に行われる施策を確認してみましょう。

 助成金、手当、扶養認定の円滑化が基本となります。

 今までも非正規雇用者の正社員化や賃金の増額に対してキャリアアップ助成金による助成が行われてきましたが、新たに社会保険適用時処遇改善コースを設け、年収の壁を意識せずに働くことのできる環境整備を目指しています。

 令和7年度末までに労働者の社会保険加入を進めた事業主に申請人数の上限なしに中小企業の場合最大50万円が助成されるものになります。(2年もしくは3年間助成金を受けた場合、最大50万円となり、1年間だと最大30万円になります。また、これらはすべて中小企業の場合であり、大企業の場合は3/4の額になります。)

 手当等支給メニューは、手当等により賃金の15%以上を労働者に追加で支給した事業主に助成されます。

 厚生労働省のイメージでは現在年収106万円の方が社会保険(健康保険+厚生年金保険)に加入し、手取り年収が90万円になるところ、手当により16万円を支給し手取り額が106万円から下がらないようにすると示されています。

 2年目も賃金の15%以上の手当等を支給した事業主に助成されますが、3年目以降に賃金を18%以上増額させる取り組みが行われることが条件とされています。

 そして3年目は賃金を18%以上増額させていることで助成の対象となります。1、2年目は一時的な手当での増額が認められていますが、3年目は基本給を上昇させる、それまでの一時的な手当を恒常的なものにするなど継続的な収入の増加に取り組むことが必要です。

 取組後6か月ごとに申請し、1回あたり10万円が支給されますが、1、2年目は2回の支給で年20万円、3年目のみ1回の支給で10万円となります。

 2年目に継続的な収入の増加を行い、3回目の申請でまとめて30万円の助成を受けることも可能です。

 労働時間延長メニューは週の所定労働時間を4時間以上延ばすか、1時間以上延ばし基本給を増額させた事業主に支給されます。

 取り組みから6ヶ月後に支給申請をし、30万円が支給されます。

 厚生労働省のイメージでは1年目に一時的な手当を支給し、2年目に労働時間を延長する併用ケースも示されています。

 最低賃金の上昇で加入条件を意図せず満たしてしまうことも考えられますので、助成金の活用を検討してはいかがでしょうか。

 

厚生年金に加入するとどのくらい年金が増える?

 前回、社会保険に加入することで発生する保険料が賃金にどの程度影響してくるかを見ました。今回は、加入することで将来受けることのできる老齢厚生年金がどのようになるかを見ていきます。現在の年金制度での計算ですので、法改正により変動する可能性があることを踏まえてお読みください。

 まず、社会保険に加入していない場合、国民年金のみの対象となります。国民年金は最大480月加入することで満額受給することができます。現在の満額は77万7792円となっていますので、1月納付することで満額の1/480の約1620円増えることになります。

 厚生年金に加入している場合、国民年金に加え厚生年金が増額されます。例として挙げた1ヶ月の賃金が12万円の場合、厚生年金を1ヶ月納付することで国民年金の1620円+厚生年金692円=約2312円増えることになります。

 もし10年間加入した場合は1年間で277440円を将来受け取れることになります。一方国民年金のみに10年間加入した場合は194400円が将来受け取れる金額となります。

 また、将来自身で受け取る年金額が増えるのはもちろんですが、障害厚生年金・遺族厚生年金を受け取れる可能性がありますので万が一の場合の備えとなるメリットとなります。

 逆にデメリットになる場合は、配偶者の加給年金が支給されなくなる場合や、遺族厚生年金を受けることになった場合、遺族厚生年金が支給停止となることが考えられます。

 年金制度は複雑であり、加入することで逆に受け取れる金額が実質的に減少するケースもありますので、加入の際はよく注意してください。

 

年収の壁はどの程度の影響?

 昨日、いわゆる年収の壁の対策として助成金の交付や社会保険料の免除について政府から発表がありました。

 実際に年収の壁を超えるとどの程度の影響があるのか具体的に見てみましょう。

 1ヶ月の賃金が8万円で社会保険に加入していないケースと、1ヶ月の賃金が12万円で社会保険に加入したケースを比較してみます。

 1ヶ月8万円ですと社会保険料はかからないので、雇用保険料のみが発生します。雇用保険料は0.6%なので480円が控除され、79520円が所得となります。

 一方、1ヶ月12万円ですと、健康保険料5900円と厚生年金保険料10797円、雇用保険料720円が発生し17417円が控除され、102583円が所得となります。

1.5倍の賃金となっていますが、社会保険料を控除すると約1.29倍分の賃金となることが分かります。

 ここで示した金額はあくまで例であり、また所得税等については考慮していません。しかし、社会保険料の影響の大きさを感じ取っていただけたのではないかと思います。

 厚生年金に加入することで将来の年金額は増額されますが、それがどの程度の影響になるかは次回以降に比較してみたいと思います。

男性育休17%で過去最高

 男性の育児休業取得率が10年連続で増加しています。「令和4年度雇用均等基本調査」で男性の取得率は17.13%と前年度比3.16%増で過去最高となりました。

 しかし8割超の女性の取得率との乖離は大きく、以前として子育ての負担は女性に偏ったままです。

 国連児童基金(ユニセフ)は2021年の報告書で、日本の育休制度について父親に認められている期間が長いことなどを理由に世界一と評価しています。しかし、いくら充実した制度でも活用されなければ意味がありません。

 政府も育休制度の周知、取得意向確認や取得状況の公表などの義務付け、産後パパ育休(男性版産休)制度の創設など取り組みを加速させていますが、2025年に50%、2030年に85%という目標には大きな開きがあります。

 厚労省では中小企業のみを対象とした両立支援等助成金として、子育てパパ支援助成金、代替要員の確保や取得が増す周囲の従業員への手当への助成措置などもスタートさせています。

 こうした助成金も活用して、男性が育休を取得しやすい環境整備に取り組んでみてはいかがでしょうか。

管理人紹介

代表

当事務所の社会保険労務士は開業前の勤務時代と通算して20年以上の大ベテランです。
したがって、実務のことはもちろん、さまざまな種類の人事・労務上の問題のご相談に乗り、解決してまいりました。
経験・実績が豊富な当事務所からブログにて様々な情報を発信いたします。

事務所概要

事務所

◆所在地:〒113-0033

東京都文京区本郷4丁目2番8号 フローラビルディング 7階

◆TEL:03-5684-2061

◆FAX:03-5684-2060